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現実を嗤う



この学校には何か宗教めいたものがあるように思う。
室内学部の生徒はもちろん部長である冥加をまるで崇拝しているかのように尊敬している。
一年も二年も、僕らと同い年である三年でさえも。
一般生徒もそうだ、冥加との直接な関わりはなくても彼はこの学校の理事であり創設者の後継者として認められている。
その事実は遠巻きに見ている彼らにはどんなふうに映っているのだろうか。
冥加はそのことについて何も言わない。
彼の言葉を借りるなら、「言いたいやつには言わせておけ」といったところなんだろう。
僕は彼を滑稽に思う。
この場合は彼を、というよりこの学校の生徒を、なのかもしれない。
だけれどここの生徒だけじゃない、やはり彼もとても、愚かしいのだ。


固めのベッドがすこし沈んで、また少し浮く。
「天宮、離せと言っている」
その尊大な口調は誰に影響されたんだろうね?
初めて会ったときから、冥加は僕に対してなんの敬意も持たない話し方をしていた。
まるでなにもかもを見下しているような喋り方をするくせに、それでもちゃんと相手は選ぶんだ。
たとえばスーツを着た大人に、冥加は普段と全く違う対応をする。
それを初めて見たときは思わず笑ってしまった。そういうところが、苦しいのに。
僕は冥加のしなやかな髪を撫でる。
半ば強制的に僕にもたれかかるような体勢をとらされている冥加は僕の腕の中から逃れようともがいているけれど、あまり効果はなかった。
僕を突き飛ばしてでも逃げ出そうという意思が本人にないのならどうしようもない。
力では僕は冥加に敵わないのに。
愚かしい、そう思う。
彼は僕を自分の音楽のパーツだと言って側に置いた。
なのにこの状況で僕を突き飛ばせないのはどういうことなのか?
簡単だ、僕を部品と思っているのに、部品と思いきれいていないのだ。
なんて滑稽なんだろう?
僕は冥加のくびすじに手を添えた。
彼のその体格にふさわしく太くて力強いくびすじ。
血液のくだがいくつか浮いている。
喉仏のふくらみ。尖った顎と切れ長の鋭い目。
いつも何かに怒っているかのような眼差しには深い落胆が隠されている。
僕は冥加のその悲哀じみた音色が嫌いじゃない。
自分にないものだから。きっと、それだけの理由だ。
冥加を見ていると自分の無力さを忘れていられた。
パーツとしての自分、冥加の手の中でなら、僕は孤独を感じない。
函館でのひとりぼっちの日々が今この場では意味のないものになる。
冥加が僕の音楽を求めるように、僕もまた冥加の音楽を求めている。
希求していく。
「天宮…っ」
冥加のそのくすぐったそうな、困惑しているような表情を見ると僕もなんだか落ちつかない。
これ以上はいけないな、なんとなくそう思うのに、冥加に触れる指が肌を辿っていくのを止められなかった。
僕は冥加の頬を両手でつつみこみ、くちびるにくちびるを押し付けた。
咄嗟のことだったけれど、意外なまでにやわらかな冥加のくちびるが存外心地よくて僕は少し気分をよくした。
高揚したとも言っていい。
どうしてそんなことをしたのかわからない。
けれどそれは僕の思った以上の効果があったのかもしれない、不幸なことに。
一方、さすがの冥加もキスには驚いたのか慌てて僕を押し返してきた。
僕は笑った。彼のそんなに惚けた顔は初めて見たし、それこそ滑稽だったのだ。
冥加は顔を赤くしたり青くしたりを何度か繰り返して、ようやく口を開いた。
「天宮ッ…貴様、なんのつもりだ!?」
くちびるを手の甲で拭っている冥加もおもしろい。
でも冥加のその質問に僕は正しく答えることができなかった。
「さあ、……わからないな。なんとなく、キスをしてみたくなった」
「なんとなく、だと?ふざけるのもいい加減に——」
僕は冥加の言葉が不自然に止まったことにはじめ気がつかなかった。
ただ呆然と自分の口元を押さえて、戸惑っていた。
「じゃあ、ごめん。何かの間違いだ」
そう言って僕は呆気ないほどすばやくベッドから下りた。
これは何かの間違いだ。そう思いたいのは僕の方だ。
次第に僕は事態を飲みこんできて、冥加の顔もまともに見れなくなって逃げるように部屋を出た。
背後から僕の名前を呼ばれたような気がしたけれど、そんなことには構っていられなかった。
足元がおぼつかない。動揺をしていたのだと思う。
たった一瞬のことだったはずだ、くちびるが触れ合ったのは。
なのにその瞬間で思考が止まって、僕はそれに追いつけない。
僕は何がしたかったのか?どうしてキスなんか?どうして冥加の音楽を一緒に作ろうと思った?
思い至って、こわくなった。
こんな答えが欲しかったのではない。
これではまるでシュールリアリズム。僕は信じたくなかった。





けれどもそれは、まぎれもない現実の「ロマンス」だったのだ。









fin.

じへんの同名曲を敬愛
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SSS天冥