忍者ブログ

« 無題 | 二人掛けのソファ(サンプル) »

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

« 無題 | 二人掛けのソファ(サンプル) »

花歌



執務室のソファに気怠げに身を預けながら、僕は持て余した時間をただやり過ごす。
下校時間はとっくに過ぎてて、外はもう薄暗い。
机に座って仕事をしている冥加の向こうに見える窓からは夕暮れと夜のせめぎ合いが見てとれた。
先ほどまでアンサンブルの練習をしていた七海や氷渡はもうこの学校を出ているだろう。
もう下校時刻は過ぎているのだから。
申請もなしにこの時間まで学校にとどまっていて許される生徒は冥加と僕しかいない。
静かだった。
まあ普段から誰かの練習が漏れ聞こえてくるような造りではないけれど。
仕事に夢中な冥加越しに見える夕闇が、僕にそんな静寂を感じさせたのかもしれない。
冥加が資料の冊子を捲る音、メモ書きなのかサインなのか、とにかくペンを走らせる音、ノートパソコンのキーを叩く音、それくらいしか聞こえてこない。
それらを聞くのは嫌いじゃなかった。
どうせなら冥加には仕事なんてほっぽらかして、僕を無闇に待たせるなんてことはして欲しくないけれど、それでもやっぱりこの音を聞くのは嫌いじゃないのだ。
無意識に鼻歌を奏ではじめてしまうくらいには。


目を閉じてかすかに鼻歌を続けていると、唐突に冥加の動きが止まった。
いままで聞こえてきた音が急に途絶えたのだ。 僕は目を開けて冥加を見る。
その向こうの窓からはもう暗闇しか見えなかった。
「どうしたの、何か考えごと?」
冥加は不機嫌な表情でこちらを見て、その手を止めていた。
「………………どうしたらお前を嫌いになれるか考えていた」
たっぷりと間を開けてから、冥加は不貞腐れたように呟いた。
「なにそれ、愛の告白?」
僕は思わず笑んだ。
「ッ、違う。…真剣に悩んでいただけだ」
「愛の告白にしか聞こえないよ」
だってそれは裏を返せば僕を好きだと言っているのと同じだ。
冥加は拗ねたようにそっぽを向いてしまったけれど、僕は気にせずゆっくりとソファから立ち上がり彼のの座るデスクへ歩く。
冥加の背後から腕を回し、耳元にくちづけた。
「君は、…僕を嫌いになれない」
言いながら、呪文のようだと思う。
冥加に言い聞かせる呪いか何か。
その力があれば僕は迷わずその力を使っただろうか。
「愛しい」
そう思っているだろう?
ある種の脅迫だ。
「恋しい」
でも少なくとも、僕はそう思っている。
君もそうであればいい。
「僕といるとめんどくさいし、疲れる?」
僕は冥加の耳を撫でながら笑った。
この辺りは自覚しているつもりだ。
ただ、冥加を困らせるのが好きで自覚はあれどやめるつもりもないのだけれど。
「でも君は僕を嫌いにならないし、君は僕を見捨てない」
そうだろう、冥加?
僕は冥加の椅子をくるりと回転させ正面から冥加を見つめる。
それこそ言い聞かせるように。
僕になのか、冥加になのか。
冥加は僕を睨んだ目を緩めることはないけれど、どこかで呆れているようにかすかに口元を結んだ。
「僕は君を逃がさないし、愛してるって、言うのをやめないよ」
僕は冥加の鼻先にキスを落とした。
「ッ天宮、いい加減に離せ……」
その口をふさいだ。
そしてそのまま顔中にキスを降らせる。
「駄目。ねえ、覚悟して…?」
冥加の少しだけ紅潮した頬をしっかり押さえて目と目を合わせる。
先ほどよりも眉間の皺を深くした冥加は、また近づいていく僕の顔に瞼を伏せた。
誘われるままに冥加の唇を奪って、息もつけないほどに激しく求め合うキスをして、僕は冥加の覚悟を知るのだ。




fin.
PR

SSS天冥